singalong!

観た舞台、特にミュージカルについての文章を書いたり、訳詞をしたりします。ロンドンにいます。

【ミュージカル】&Juliet (アンド・ジュリエット)90年代ポップソングで綴る、メタフィクション・フェミニスト・エンタメ

書き溜めてたミュージカル紹介を小出しにするシリーズ、今回は &Juliet (アンド・ジュリエット)です。

ウェストエンド発のジュークボックス・ミュージカルで、現在はUKツアーの他、ブロードウェイ、USツアー、ドイツで上演中。2024年にはメルボルンでも上演していた。これ、いつかは日本に来るのではないかと思ってるのですが、どうだろう...!

 

www.youtube.com

ウェストエンドでのロングラン初期のパフォーマンス動画などを見てると、「#RomeoWho?(ロミオって誰だっけ?)」みたいなキャッチコピーがついていて面白い。

動画はウェストエンドでの比較的初期のトレーラー。2023年3月末でロングランは終わってしまったのですが、私はメイ役(後述)の Jo Foster が好きすぎて、千秋楽に朝から3時間並んで立ち見でマチソワするという今のところ後にも先にもない経験をしました。こういう時突然発揮されるオタクの体力......

 

物語は、「ロミオとジュリエット」初演を控えたシェイクスピア・カンパニーの稽古の場面から始まる。シェイクスピアが自信満々に発表した「ジュリエットがロミオの後を追って自殺する」エンドに衝撃と理不尽さを隠しきれない団員たち(この時点でだいぶおもしろい)。シェイクスピアの妻のアン・ハサウェイが「このエンディング、最悪」と言い渡し、「もしジュリエットが自殺しなかったら?」と問いかけるところから、ジュリエットの新しい物語が始まる。そしてそのストーリーが90年代の大ヒット・ポップソングたちで綴られ彩られるわけで…… そんなの楽しいに決まってるじゃないですか!!!!

私、こんなミュージカルが観てみたかったんだなあ、とじわじわ嬉しくなる、激アツのフェミニスト・エンタメ。

 

この作品の主役はジュリエットなのだけど、ちょっとひねりのある構成になっている。というのも、上で書いたように、ジュリエットの物語は、現実世界のアン・ハサウェイ(とウィリアム・シェイクスピア)が書き直していく劇中劇として進行するのだ。ところどころで、照明が切り替わってアンとシェイクスピアがひょっこり出てきたり、アンが書く展開に納得いかないシェイクスピアがある画策をしたり、とメタフィクション的なつくりになっている。

 

〜〜〜以下、展開やキャラクター詳細に触れます〜〜〜

「ロミオとジュリエット」に登場するキャラクターで人生を書き換えていくのは、ジュリエット(とロミオ)だけではない。乳母にはアンジェリークという名前が与えられ、なんとパリで昔の恋人と再会し、これがジュリエットの新しい恋??に絡んでくる。

え、パリ?そう、ジュリエットはアンジェリークと友達と一緒にパリに行くのです。

え、ジュリエットに友達いたっけ?そう、アン・ハサウェイが「ジュリエットに同年代の友達を作りたい。マキューシオとかベンヴォーリオとか、ロミオにはいたでしょ」と言いながら書き加えるのです。(このアンハサウェイの台詞と着眼点、ベグダル・テストを想起させて、フェミニスト的でとてもアツい。)

その友達というのがメイで、メイはミュージカルでは数少ない、ノンバイナリーであることが作中で示され、制作によって明言されているキャラクターでもある。”I’m Not A Girl” はメイの曲で、この曲をジェンダー・アイデンティティの揺らぎの文脈で使うのはとてもクレバーだと思う。

また、アンはもう1人、自分自身をエイプリルというジュリエットの友達として物語に書き加える。ジュリエット・メイ・エイプリル(アン)・アンジェリークの歌う "Domino" には年齢やバイナリーを超えた「ガールパワー的なもの」が詰まっていて、キラキラしている。

他にも、一行がパリで出会うフランソワは、父親から早く結婚するか、さもなければ軍隊に入るように迫られている。彼は父親から求められる「男らしさ」と葛藤する、少し内気で繊細なキャラクター。ジュリエット、アン、アンジェリーク、フランソワ、メイはみんな、今までの自分とこれからの自分やその生き方の葛藤を抱えている。また、一瞬だけ出てくるベンヴォーリオが女性アンサンブルによって演じられているあたりにも、固定的なジェンダーロールやイメージへの問題提起や、クィアリングが意図的に織り込まれている。

 

メタな視点に行くと、家もヴェローナも飛び出すと決めたジュリエットがパリに行くのが、元婚約者の名前「パリス」からの連想だったり、ある恋人たちに訪れる朝にナイチンゲールが鳴いたり、2人のキャラクターが会話するリズムがシェイクスピアの書く台詞に特有のリズムだったり、シェイクスピアネタに凝っているのもいい。ちなみに、この台詞のリズムについては劇中ずっとそうなわけではない。&Julietにおけるジュリエットの物語はアンが書いているという設定なのだけど、一部シェイクスピアがアンに内緒で書き足すところがあり、そのシーンでだけ象徴的にキャラクターの台詞がシェイクスピア調になるのである。こ、凝ってる〜〜〜〜!

 

そのシェイクスピアは、やたら自分で書いた台詞を自分で引用したり、ジュリエットとロミオを元通りくっつけようと躍起になったり、才能はあるけど傲慢で、ちょっと困ったおじさんっぽい描かれ方をしている。また、「ロミオとジュリエット」を読んだり観たりしたことがある人なら誰もが一度は考えたことがあるだろう、「え、ジュリエット、13歳?」も、「出会って4日で恋して死ぬんだ…」も、アンのウィリアムへの台詞や、ジュリエットと他のキャラクターの会話を通してしっかりツッコまれている。こういう、自国の歴史や人物を批判的な視点からセルフツッコミするようなユーモアは、SIXに通じるものがあるかもしれない。何より、シェイクスピアへのツッコミ役を担うのがアンというのがいい!作品冒頭で「シェイクスピアに妻がいたなんて知らなかった!」と団員に言われるように、ウィリアムの浴びる脚光の影で省みられることなく、家庭内の役割を一手に担ってきたアン。そんな彼女がジュリエットの物語を書き換えながら、アン・ハサウェイとしての人生を振り返り、ウィリアムとの関係性について考え直すというリアルとフィクションのアツい二重構造になっているのだ。ジュリエットとアンのデュエットのシーンは、今まさに自分の人生を生き直そうとするジュリエット(フィクション)と、その物語を通して自分の人生と向き合うアン(作家)の思いが重なるシスターフッド。こんなの好きに決まってるじゃん!!

 

そして、&JulietMax Martin作曲の、90年代の大ヒット・ポップソングたちからなるジュークボックス・ミュージカル。私はストーリーやキャラクターがとても好きなのでその話ばかりしてしまったけど、これらのポップソングからハマる人もたくさんたくさんいると思う。というか、エンタメ作品としてはそっちがメインの売りということになるのかもしれない。

私は実はポップカルチャーに疎すぎて元々知っている曲はほぼなく、完全にストーリーから入ったのだけど、もし元ネタの曲が慣れ親しんだものばかりだったら、もう受け取る魅力の総量が大変なことになっていたと思う。一緒に観に行った友達は、曲の多くが学生時代に聞いていた青春ソングだったらしく、とっても楽しそうだった。この曲がこんな使われ方を!といちいち新鮮な発見があるんだろうなあ。いいなあ。